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名古屋高等裁判所 昭和49年(ネ)434号 判決

第四三四号事件被控訴人、第四四五号事件控訴人 一審原告 福田ゑつゑ

〈ほか三名〉

右一審原告四名訴訟代理人弁護士 浅井正

同 美和勇夫

第四三四号事件控訴人、第四四五号事件被控訴人 一審被告 川合原料有限会社

右代表者取締役 川合良明

第四四五号事件被控訴人 一審被告 有限会社共栄陸運

右代表者代表取締役 加藤吉秋

右両名訴訟代理人弁護士 平松勇二

同 大久保等

主文

一審原告らの控訴および一審被告川合原料有限会社の控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

一審被告らは、各自、一審原告福田久江に対し一九二万六六七五円、同福田洋行および同福田和彦に対し各二四二万七〇〇〇円、同福田ゑつゑに対し三〇万円ならびに右各金員に対する昭和四六年一一月一四日から支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

一審原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その二を一審原告らの、その余を一審被告らの各負担とする。

この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

一審原告ら訴訟代理人は、第四四五号事件につき、当審において請求を拡張し、「原判決中一審原告ら敗訴の部分を取り消す。一審被告らは、各自、一審原告福田久江、同福田洋行および同福田和彦に対し一五〇〇万円、一審原告らに対し四〇〇万円ならびに右各金員に対する昭和四六年一一月一四日から支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも一審被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を、第四三四号事件につき、「本件控訴を棄却する。控訴費用は一審被告川合原料有限会社(以下「川合原料」という。)の負担とする。」との判決を求めた。一審被告ら代理人は、第四三四号事件につき、「原判決中一審被告川合原料の敗訴部分を取り消す。同一審被告に対する一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。」との判決を、第四四五号事件につき、「本件控訴をいずれも棄却する。控訴費用は一審原告らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用、認否は、次のとおり補足訂正するほか、原判決の事実摘示と同じであるからこれを引用する。

(一審原告らの主張)

一  一審被告有限会社共栄陸運(以下「共栄陸運」という。)としては、ショベルカーの運転には危険が伴い、運転免許を有しない者がこれを運転するときは事故が発生し易いのであるから、この点に留意し、運転免許を有しない者に対し、ショベルカーを運転させないよう注意しなければならないのにかかわらず、本件ショベルカーの専任運転手松並鉞治不在の際には共栄陸運の自動車運転手において右ショベルカーを運転していた事実を熟知しておりながらこれを黙認放置し、これにより陶石運搬の利益を得ていたものである。したがって、一審被告共栄陸運も本件事故に対する過失責任を免れることができない。

二  福田正彦は、本件事故の前日実兄福田武彦を通じ一審被告川合原料に対し、前記松並鉞治が出勤することを確認したうえ、ダンプカーを運転して本件事故現場に赴いたのであるが、当日右松並は欠勤していた。しかし、松並がいないというだけで、一時間を費してやって来たのに陶石を積載しないまま空車で帰ることはあまりにも不経済であり、それまでも同人が欠勤のときはダンプカーの運転手においてショベルカーを運転し、陶石を積んで帰るのを常としていたので、正彦もこれにならい自ら本件ショベルカーを運転して陶石の積込みを開始したのである。一審被告共栄陸運は小規模の会社であるので右のような事情を知らないはずがない。

また、本件ショベルカーは登録されておらず、したがって、自動車登録番号標も取りつけられていなかった。道路以外の作業場等において、右のような車両を運転するような場合には、一定の講習を受けた者をして管理させ、その管理者の氏名を車両に明記し、かつ、よく見える場所に張り出すなどの措置をとるべきである。一審被告川合原料は、右のような措置を講じておらなかったばかりか、正彦に本件ショベルカーを運転させるに当り、同人に対し、運行上の禁止事項あるいは操作方法等についても何ら指示を与えていなかったのである。

三  正彦は、本件事故当時三三歳であって、なお三〇年間就労可能であり、月額平均九万六九〇〇円の給料と一年間六万円のボーナスを得ていたものである。従って、同人の年間収入は一二二万二八〇〇円であるが、これから同人の生活費としてその三割を控除すると、純収入は八五万五九六〇円となる。そこで、正彦の三〇年間における逸失純収入につきホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除してその現価を算出すると、一五四三万二三七一円{1,222,800円×(1-3/10)×18.02931362}となる。

四  しかしながら、本件事故後の経済変動に伴い当然正彦の給料も増額されたはずであり、逸失利益の算定に当ってはこのような将来の昇給を斟酌することが許されるのである。正彦の勤務先である共栄陸運は、いわゆる零細企業であって賃金システムが確立していないけれども、正彦はダンプカーの運転手であり同一職種内での転職の可能性が大であるから、同人については「賃金センサス」等にあらわれた運転技術者の賃金上昇率の平均値を基礎とし、昇給の額を算出すべきである。しかして、右基準により算出すると、本件事故後三年を経過した時点において、正彦の給料は少なくとも月額二万円増加していたであろうことは確実である。そこで、右昇給を勘案して三〇年間に亘る正彦の逸失利益を算出すると、前記三で算出した金額より少なくとも四三〇万円増加することは明らかである。よって、本件事故につき過失相殺が適用されるとするならば、右増加額四三〇万円の範囲内において相殺されるべきである。よって、ゑつゑを除く一審原告三名は、前項記載の逸失利益一五四三万二三七一円を相続したものであるが、本訴においては内金一五〇〇万円を請求する。

五  一審原告らの慰謝料は一人あたり一二五万円をもって相当とするが、本訴においては一人あたり一〇〇万円ずつ合計四〇〇万円を請求するものである。

六  一審被告らは、本件積荷作業場の上部平坦部分において、本件ショベルカーを右部分からはみ出させることなく操作することができた旨主張するが、本件事故当時右平坦部分の一部には相当多量の陶石が積まれていて行動範囲が狭められていたうえ、向って右(西)側には山林を切り崩した斜面が突き出ていたため、右平坦部分のみにおいて本件ショベルカーを運転することは不可能であった。まして、陶石をダンプカーに満載にするためには、本件ショベルカーによる陶石のクラッシャーへの投入を七、八回連続して行わなければならず、右操作中にはしばしばショベルカーを停止させる必要が生ずるが、その都度ショベルカーを平坦部分までひきあげていたのでは作業能率が低下するこというまでもなく、本件被害者正彦に対し、右のような運転方法を期待することは無理である。右作業中においては右後輪を傾斜面にかけたまま停車せざるを得ない場面が多かったのである。

七  さらに、一審被告らは、正彦が本件ショベルカーを傾斜面に停止させた際、歯止めを使わなかったことを非難するが、正彦のように単独でダンプカーに陶石を積み込む作業をするには、前記のように陶石をすくいあげてクラッシャーに投入する作業を何度も繰り返し、その間にはショベルカーからはなれてダンプカーの積載位置を変えにも行かなければならないのであるから、ショベルカーを停止するたびごとにいちいち歯止めをしていたのでは作業能率が低下するばかりであり、そのようなことは期待できない。なお、一審被告川合原料は、本件ショベルカーの専任運転手を不在にさせておいたのであるから、せめて現場に居合わせた従業員松並茂をして本件ショベルカーの操作中歯止めの手伝いをさせるくらいの配慮をすべきであった。

(一審被告らの主張)

一  本件積荷作業場の上部平坦部分は、本件ショベルカーを安全、かつ、自由に操作し得るだけの広さがあり、右平坦部分において、右ショベルカーを運転して陶石をクラッシャーに投入する作業をする場合、車体の一部を傾斜面上にはみ出させる必要はなかったから、土地の工作物の設置または保存に瑕疵があったとはいえない。すなわち、右平坦部分は、間口が六・三五メートル、奥行が七・二〇メートルあったのであり、奥の部分に陶石が積み上げられていたとしても、なお間口六・三五メートル、奥行五メートルを余していたもので、車幅二・三メートル、車長四・七メートルの本件ショベルカーを安全かつ自由に操作するに充分であったはずである。

二  本件作業場においては、陶石を上部平坦部分まで運搬するため、ショベルカーが傾斜面を上り下りするので、傾斜面上に停止した場合に備え転落を防止するためのコンクリートブロック製歯止めが備え付けられていたのである。ショベルカーに限らず、およそ車両を運転する者としては、車両等を停止させるには傾斜面を避けて平坦部を選ぶべきであり、やむを得ず傾斜面に停止させるときは逸走・転落を防止するため車輪に歯止めを施すべき義務があることは当然である。しかるに正彦は、本件においてショベルカーを傾斜面に停止させるに当り歯止めを施さず、そのため転落を招いたのであるから、本件事故は同人の自損行為により発生したものというべきである。

三  一審被告共栄陸運は、その雇用するダンプカーの運転手に対しショベルカーの専任運転手が不在の場合には陶石を積載せず空車で帰ることを認めていたものであって、自らショベルカーを運転し陶石を積載してまで運搬するよう指示、要請したことなど全くなかったし、これを黙認していたこともない。まして、正彦は月給制で傭われていたから空車で帰っても何の不利益を受けることもなかったのである。もし一審被告共栄陸運において本件ショベルカーの運転が危険であることを認識していたならば、正彦の実兄武彦が同会社の役員をしていたのであるから、同人から正彦に対し当然注意を与えていたはずである。

四  一審原告らは、昭和四九年一一月二〇日の当審第一回口頭弁論期日において、一審被告らに対する請求を拡張した。しかしながら、本件事故は昭和四六年一一月一三日に発生したものであるから、右同日から三年の経過により一審原告らの損害賠償請求権のうち原審において主張した逸失利益四六四万一〇〇〇円、慰謝料三五二万円を超える部分は時効により消滅したので、一審被告らは右時効を援用する。よって、当審における右請求拡張部分は失当として棄却さるべきである。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一  福田正彦の職種、雇用関係、一審被告両社の業態、両者の取引関係、本件事故の発生、その原因、態様、本件積荷作業場の状況並びに一審被告川合原料の責任原因についての当裁判所の認定・判断は、次のとおり付加するほか、原判決理由第一、二項(原判決一一枚目表四行目から同一七枚目裏一〇行目まで)と同じであるから、ここに右記載を引用する。

≪証拠省略≫によると、次の事実を認めることができる。

1  本件積荷作業場の上部平坦部分(原判決のいわゆる上部作業場)の四隅には屋根を支えるための鉄柱が建てられており、南北の鉄柱間の距離は七メートル、東西間のそれは六メートルあって、右各鉄柱間を順次直線で結んだ範囲内は傾斜がなく、かつ、平坦である。しかしながら、実際は右平坦部分の一部に陶石を積み上げるので、本件ショベルカーを運転し、クラッシャーに陶石を投入する作業を平坦部分からはみ出さずに行うことは困難であり、本件ショベルカーの後輪を傾斜面にはみ出して作業し、または、停止せざるを得ない場合があった。一審被告川合原料が歯止め用の角材やコンクリートブロックを備え付けておいたのもそのためである。本件事故当日も右平坦部分の一部には陶石が積み上げられていたので、平坦部分の範囲内のみで本件ショベルカーを操作することは困難な状況にあった。

2  本件事故当時、一審被告川合原料の従業員であり、本件ショベルカーの専任運転手であった松並鉞治は、昭和四六年一一月一日から同月一三日まで一度も出勤したことがなかった。一方、一審被告共栄陸運は、その間同月一日に二回、同月七日に一回本件積荷作業場から陶石を搬出したのであるが、その際右松並がいなかったので、ダンプカーの運転手が自ら本件ショベルカーを運転した。一審被告らは、右のように、ショベルカーの専任運転手が不在のときは、ダンプカーの運転手が自らショベルカーを運転し陶石を積載運搬していたことを知っていたが、これを禁止しようともせずそのまま放置していた。

3  一審被告共栄陸運は、ショベルカーの専任運転手が不在で荷を積載できないときは空車で帰ることを認めており、その場合、当該ダンプカー運転手の賃金が月給制であると日給制であるとを問わず、基本賃金を減額することはなかったが、割増賃金は支給しない取扱いをしていた。そのうえ一時間を費やして本件作業場まで来て空車で帰るのはいかにも不経済であるため、正彦をはじめショベルカーを一応運転することができるダンプカー運転手は、ショベルカーの専任運転手が不在のときでも自らショベルカーを運転し陶石を積載して帰るのを常としていた(しかし、正彦自身も正式にショベルカーの運転技術を修得していたわけではなく、見よう見まねで操作していただけのものであった。)。

右のように認定することができ(る。)≪証拠判断省略≫

二  次に、一審被告共栄陸運の責任について考えるのに、同一審被告は、正彦をダンプカーの運転手として雇用し、一審被告川合原料から請負った陶石の運搬に当らせていたものであるところ、一般にショベルカーの運転には危険が伴い、ことにその運転について教育を受けていない者が見よう見まねでこれを運転するときは事故を惹起し易いのであるから、本件ショベルカーの専任運転手が不在のとき前認定のような理由からダンプカーの運転手がこれを運転しようとしても、使用者として従業員の生命身体の安全をはかるため、かかる行為を禁止すべき義務があるのにかかわらず、ダンプカーの運転手において本件ショベルカーを運転し陶石を積載運搬していた事実を知っておりながら、これを禁止しようとせず、そのまま放置していたため本件事件が発生したものである。もし、一審被告共栄陸運において正彦ら従業員に対し、本件積荷作業場においてショベルカーを運転しないようあらかじめ禁止していたならば、本件事故が発生しなかったであろうことは推認するに難くない。よって、一審被告共栄陸運も本件事故に対する過失責任を免れることはできないといわなければならない。

以上のとおり一審被告両名はいずれも本件事故の発生につき責任を負うべきであるが、他方正彦においても過失があると認められる。すなわち、同人は、本件ショベルカーを運転し陶石をクラッシャーに投入する作業に従事中、停車して運転席から離脱するに際し、左後輪が前記傾斜面にかかっているのにサイドブレーキを引いたのみでエンジンを作動させたままにしておいたのであるが、このような場合、エンジンの震動でブレーキが緩み傾斜面を逸走するおそれのあることは充分予測されるにかかわらず、備え付けてあった歯止めの使用を怠たり、これが本件事故の一因をなしたのであるから、同人にも過失があったといわなければならない。この点につき、一審原告らは、作業中本件ショベルカーを短時間離れるたびごとにいちいち歯止めをかけていたのでは煩に堪えず、能率も低下するので、運転手に対し、そのようなことを期待するのは不可能である旨主張するが、≪証拠省略≫によると、陶石投入の作業中、本件ショベルカーの後輪を傾斜面上にかけて停止させた場合において、運転手が運転席から離れる際にはその都度備え付けの角材やコンクリートブロックを用い歯止めをかけていたことが認められ、正彦についてのみかかる措置を講ずるよう期待することが不可能であったとは到底考えられないから、一審原告らの右主張は採用することができない。してみると、正彦と後記認定のような身分関係にあり、生活上もその世帯員であった一審原告らの損害を算定するに当っては、正彦の前記過失を斟酌すべきであり、その過失割合は、正彦および一審被告らにつきそれぞれ五割と認めるのが相当である。

三  そこで、進んで一審原告らの損害額について判断する。

1  正彦の逸失利益

≪証拠省略≫を総合すると、正彦は、本件事故当時、満三三歳の健康な男子であって、ダンプカーの運転手として一審被告共栄陸運に雇用されその収入で一審原告らを扶養していたこと、正彦は、昭和四六年九月から同年一一月までの三か月間の稼働により合計二九万〇八九一円の収入を得たこと、したがって、一日の平均賃金は三二三二円、一年間の収入は一一七万九六八〇円となること、正彦は本件事故当時一年間に少なくとも六万円を下らない賞与を支給されていたことが認められる。右事実によれば、正彦は、本件事故に遭遇しなかったならば、なお、六三歳に達するまでの三〇年間稼働することができ、その間に要すべき同人の生活費は右収入の三割を超えないものと考えられる。ところで、逸失利益は、原則として被害者の死亡時における収入を基準として算定すべきであるが、被害者においてその後も生存していたならば将来収入が増加したであろうことが客観的に相当程度の蓋然性をもって予測される場合には、右予測し得る増加額を控え目に見積り、これを基礎として将来の得べかりし利益を算定することも許されるものと解すべきである。労働省労働統計調査部編昭和四九年賃金構造基本統計調査報告によると、同年六月における企業規模計、産業計三五歳ないし三九歳の全労働者の平均月間きまって支給する現金給与額は一三万六九〇〇円、年間賞与その他の特別給与額は四七万一〇〇〇円であることが認められるので、その年間合計額は二一一万三八〇〇円となる。正彦は、本件事故に遇うことなく、引続き昭和四九年六月までダンプカーの運転手として稼働していたならば、右の時点において、右程度の収入をあげたであろうことは容易に推認されるので、本件事故から三年を経過した昭和四九年一二月以降の逸失利益については右収入額を基礎としてこれを算定すべきである。

そこで、右に述べたところに従い、ホフマン式計算法により年五分の中間利益利息を控除して正彦の逸失利益を算出すると、その現価は二四八九万一四七二円となる。その算式は次のとおりである。

(1)  本件事故当時から昭和49年11月までの逸失利益

1,179,680×(1-3/10)=825,776

825,776×2.731037=2,255,225

(2)  昭和49年12月から昭和76年10月までの逸失利益

2,113,800×(1-3/10)=1,479,660

1,479,660×(18.029313-2.731037)=22,636,247

(3) 2,255,225+22,636,247=24,891,472

右金額に前記過失割合による過失相殺をすると、正彦の逸失利益は一二四四万五七三六円となるところ、≪証拠省略≫によると、一審原告久江は正彦の配偶者であり、一審原告洋行および同和彦はいずれも正彦の子であることが認められるので、同一審原告らは相続により右損害賠償債権を承継取得したものというべく、その相続分を計算すると、各四一四万八五七八円となる。

2  慰謝料

一審原告ら(≪証拠省略≫によれば、一審原告ゑつゑは、正彦の実母であって、本件事故当時同人と生計をともにしていたことが認められる。)は、正彦の本件事故死により多大の精神的苦痛を被ったであろうことは容易に推認されるところ、すでに認定した諸般の事情とくに本件事故の態様、正彦と一審原告らの身分関係、正彦の過失その他の事情を斟酌すると、一審原告らの被った慰謝料としては、一審原告久江につき八〇万円、同洋行および同和彦につき各四五万円、同ゑつゑにつき三〇万円とするのが相当である。

四  以上を合計すると、一審被告らに対し、一審原告久江は四九四万八五七八円、同洋行および同和彦は各四五九万八五七八円、同ゑつゑは三〇万円の損害賠償請求権を有するところ、≪証拠省略≫によると、一審原告久江は、本件事故により夫正彦が死亡したため、昭和四六年一二月一日以降、遺族補償年金四九万六一四三円、厚生年金一五万〇八九三円、母子年金六万四〇〇〇円(いずれも年額)を毎年二月、五月、八月および一一月の四回に分割して支給されており、当審における口頭弁論終結時までにその受給額は合計三〇二万一九〇三円に達していることが認められる。ところで、労働者災害補償保険法一二条の四、厚生年金保険法四〇条、国民年金法二二条には、死亡事故が第三者の行為によって生じた場合において、政府が右各法律に基づき保険給付をしたときは、政府は、その給付の価額の限度で保険受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得する一方、受給権者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、その価額の限度で給付を行う責を免れる旨規定されている。右各規定の趣旨にかんがみれば、受給権者が現実に各保険給付を受けた場合、その限度で第三者に対する損害賠償請求権を行使し得なくなるが、一方、将来の給付分については、受給者が第三者から損害賠償を受けたとき、政府はその価額の限度で保険給付の責を免れるのであるから、定期的に定額の保険給付がなされることが確定しているとしても、それはもとより損害を現実に填補するものではなく、これを受給権者の損害賠償債権額から控除することはできないものといわなければならない。従って、一審原告久江がすでに受給した年金の額は一審被告らに対する損害賠償債権からこれを控除すべきであるが、将来給付を受くべき各年金の額を控除するべきものではない。そこで、一審原告久江がすでに受給した各年金合計三〇二万一九〇三円を同人の債権額から控除すると、その残額は一九二万六六七五円となる。

五  一審被告らは、一審原告らの請求中、当審において請求を拡張した部分は時効により消滅した旨主張するので検討する。

一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨明示して訴えが提起された場合、訴え提起による消滅時効の中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じ、残部については及ばないものと解すべきである(最高裁判所昭和三四年二月二〇日判決、民集第一三巻第二号二〇九頁参照)。ところで、一審原告らが「訴変更申立書」と題する書面を当裁判所に提出し、請求の趣旨の変更(拡張)をしたのは昭和四九年一一月二〇日であること、しかるに、一審原告らは原審裁判所に対し、本件事故により、一審原告久江、同洋行および同和彦は各三四六万円、同ゑつゑは一二五万円の各損害を被ったが、その一部として一審被告らに対し、一審原告久江、同洋行および同和彦は各二四二万七〇〇〇円を、同ゑつゑは八八万円を請求する旨主張して本訴を提起したものであることは本件記録上明らかであり、特段の事情の認められない本件においては、一審原告らは本件事故発生とともに加害者およびその損害を知ったものと認められる。してみると、一審原告らの本件損害賠償債権中原審における右請求額を超える部分については、さきに述べたところにより本訴提起による時効中断の効力は及ばず、右の部分は本件事故発生の日から三年を経過した昭和四九年一一月一三日限り時効により消滅したものといわなければならない。従って、その後になされた訴拡張による新請求については、一審被告らの時効の抗弁は理由がある。よって、一審原告洋行および同和彦の前記損害額中、二四二万七〇〇〇円を超える部分についての請求は失当といわざるを得ない(その余の一審原告らに対する認容額は、原審における請求額を超えないから、右時効の抗弁により影響を受けない。)。

六  以上の次第で、一審被告らは、各自、一審原告久江に対し一九二万六六七五円、同洋行および同和彦に対し各二四二万七〇〇〇円、同ゑつゑに対し三〇万円ならびに右各金員に対する本件不法行為の日の翌日である昭和四六年一一月一四日から支払いずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、一審原告らの本訴請求は右の限度で正当としてこれを認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。よって、右と異なる原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本聖司 裁判官 新田誠志 裁判官川端浩は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 宮本聖司)

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